[著者情報]
この記事を書いた人:篠原 響子(しのはら きょうこ)
ビジネスコミュニケーション・コンサルタント / 元大手商社秘書室長。 企業の新人研修や管理職研修など、年間100本以上のセミナーに登壇。著書に『相手を動かす「断り方」の技術』がある。「断ることは相手を否定することではなく、互いの時間を守る誠実な行為」を信条に、ビジネスパーソンの「言いにくい」を解決する実践的なノウハウを発信している。
取引先から無理なご要望をいただいたとき、どう返信すればよいか、PCの前で手が止まってしまうことはありませんか?
「この納期では間に合わない」「その条件は飲めない」という事実を伝えなければならないけれど、「できかねます」と書くと、なんだか冷たく突き放したような印象を与えてしまいそうで怖い。 かといって、曖昧な返事をして後でトラブルになるのはもっと避けたい。
その感覚、とても正しいです。そして、その優しさこそがビジネスパーソンとして大切な資質です。
結論から申し上げますと、大切な取引先に対しては「できかねます」よりも「いたしかねます」を使うのが正解です。
しかし、言葉をただ置き換えるだけでは不十分です。相手の「No(拒絶された)」という感情を「なるほど(納得)」に変えるには、メール全体の構成にちょっとしたコツが必要なのです。
この記事では、元秘書室長として数え切れないほどの「お断り」をしてきた私が、相手を不快にさせず、かつ明確に断るための「クッション言葉+結論+理由+代替案」という黄金フォーマットを伝授します。
これを読めば、もうメールの作成で迷うことはありません。自信を持って送信ボタンを押せるようになりましょう。
なぜ「できかねます」だと冷たい印象を与えてしまうのか?
[体験設計: 当事者モード]
あなたが懸念されている通り、「できかねます」という表現には、少し冷たい響きが含まれています。それはなぜでしょうか?
まず、「できかねます」という言葉の成り立ちを見てみましょう。これは「できる(可能)」に「?かねる(?しにくい、難しい)」がついた丁寧語です。文法的には決して間違いではありません。
しかし、「できかねます」は「能力的に不可能である」や「状況的に無理である」という事実を、淡々と伝えるニュアンスが強い表現です。
例えば、機械が故障して動かないときに「稼働できかねます」と言うのは自然です。ですが、人間相手、特にこれから関係を築いていきたい取引先に対して「対応できかねます」と伝えると、受け手は「あなたの要望に応える能力も意思もありません」と、ピシャリと扉を閉められたような拒絶感を抱いてしまうリスクがあります。
「できかねます」という言葉自体に悪気はなくても、その事務的な響きが、相手の感情的な反発を招いてしまうことがあるのです。
ここで、言葉の印象の違いを整理してみましょう。
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?? *デザイナー向け指示書:インフォグラフィック
件名:* 断り表現の丁寧度と印象レベルの比較図
目的: 「できかねます」がどの位置にあり、なぜ「いたしかねます」を目指すべきかを直感的に理解させる。
構成要素:
1. タイトル: ビジネスにおける「断り表現」の印象レベル
2. レベル1(NG): 「できません」 → 印象:拒絶、子供っぽい、失礼
3. レベル2(注意): 「できかねます」 → 印象:事務的、事実の伝達、冷たい
4. レベル3(推奨): 「いたしかねます」 → 印象:配慮、申し訳なさ、大人の対応
5. 矢印: 下から上へ、丁寧さと配慮の度合いが上がっていくイメージ
デザインの方向性: 階段状のデザイン。レベル3が最も明るく、ポジティブな色使い(青や緑)で強調。
参考altテキスト: ビジネスにおける断り表現の比較図。「できません」は拒絶、「できかねます」は事務的、「いたしかねます」が最も配慮ある表現として推奨されている。
正解は「いたしかねます」。相手を尊重する最強の敬語
[体験設計: 解説者モード]
では、大切な相手にはどのような言葉を選べばよいのでしょうか。私が推奨するのは「いたしかねます」です。
「できかねます」と「いたしかねます」。一見すると似ていますが、この二つには「謙譲語」が含まれているかどうかという決定的な違いがあります。
「いたしかねます」の構造分解
「いたしかねます」は、動詞の「致す(いたす)」と、補助動詞の「かねる」で構成されています。
- 致す(いたす): 「する」の謙譲語。自分の行為を低めることで、相手を高める働きがあります。
- かねる: 「?しようとしてもできない」「?することが難しい」という意味の婉曲表現。
つまり、「いたしかねます」と言うことは、単に「無理です」と伝えるだけでなく、「私の力不足で、ご希望に添うことができず申し訳ありません」という、へりくだった姿勢(謙虚さ)を相手に伝えることになるのです。
この「自分を下げて相手を立てる」というニュアンスこそが、ビジネスコミュニケーションにおける潤滑油となります。「いたしかねます」は、相手の顔を立てながら、こちらの「対応できない」という意思を伝えるための、非常に高度で洗練された敬語表現なのです。
「できない」の改まった言い方として「いたしかねる」などを使う。(中略)「利用できません」を「ご利用いたしかねます」と言い換えるなど、相手への配慮を示す表現として定着している。
出典: 敬語の指針 - 文化庁文化審議会答申, 2007年2月2日
公的な指針においても、「いたしかねます」は推奨される表現です。自信を持って使ってください。
絶対に使ってはいけないNG表現
一方で、絶対に使ってはいけないのが「できかねません」です。
「かねる」自体が「できない」という否定の意味を含んでいるため、そこに「ません」をつけると二重否定になり、論理的には「できないことはない(=できる)」という意味になってしまいます。 非常に紛らわしく、かつ誤った日本語ですので、これは選択肢から完全に外してください。
?? 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 断ることに「罪悪感」を持つ必要はありません。「できないこと」を明確に伝えることこそが、プロの誠実さです。
なぜなら、この点は多くの優しいビジネスパーソンが見落としがちだからです。かつての私もそうでしたが、曖昧に言葉を濁して返事を先延ばしにすることこそが、結果として相手の時間を奪い、最も信頼を損なう行為です。「いたしかねます」ときっぱり伝えることは、相手に「次の手」を打つ時間を与えることでもあります。誠実な「No」は、信頼関係の第一歩なのです。
【そのまま使える】「No」を「納得」に変えるメール作成4ステップ
[体験設計: インストラクターモード]
言葉選びの次は、メール全体の構成です。 単に「対応いたしかねます」と送るだけでは、いくら敬語が正しくても、相手は突き放されたと感じてしまいます。
相手の「No(拒絶)」という感情を「なるほど、それなら仕方ない(納得)」に変えるためには、「クッション言葉」「結論」「理由」「代替案」という4つの要素を正しい順番で組み立てる必要があります。
一つずつ解説していきましょう。
Step 1: クッション言葉(衝撃を和らげる)
いきなり本題の「お断り」に入ると、相手は心の準備ができていないためショックを受けます。まずはクッション言葉を挟み、「言いにくいことを申し上げますが」というサインを出しましょう。
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?? *比較表
表タイトル:* 状況別・使えるクッション言葉リスト
| 状況 | クッション言葉の例 |
|---|---|
| 一般的・全般 | 恐れ入りますが、あいにくですが、申し上げにくいのですが |
| 相手の期待に応えられない時 | ご希望に添えず恐縮ですが、大変心苦しいのですが、身に余る光栄ですが(依頼を断る時) |
| こちらの事情を強調する時 | 誠に勝手ながら、諸事情により、やむを得ず |
Step 2: 結論(いたしかねます)
クッション言葉の直後に、結論を伝えます。ここで曖昧にせず、「いたしかねます」を使って明確に「対応できない」という事実を伝えます。
- 例文: 「今回はご要望への対応をいたしかねます。」
Step 3: 理由(納得感を作る)
なぜ断るのか、その理由を簡潔に添えます。理由は「正当性」のアピールです。「ただ断っているのではなく、不可抗力である」と伝えることで、角が立つのを防ぎます。
- 例文: 「現在、社内のリソースが全て埋まっており、物理的に納期の短縮が難しいためです。」
Step 4: 代替案(関係をつなぐ最重要パート)
ここが最も重要です。単に断って終わるのではなく、「代替案(Counter Proposal)」を提示します。 代替案を提示することは、「No(拒絶)」を「Yes, but(条件付きの協力)」に変換する魔法のアクションです。
「全ては無理ですが、ここまでは可能です」と示すことで、代替案は「あなたと関係を維持したい」というポジティブなメッセージになります。
- 例文: 「ご希望の納期は難しいのですが、来週の月曜日であれば納品可能です。もしくは、機能Aを省略した形であれば、ご希望の日程で対応可能です。」
状況別「断りメール」完全テンプレート
[体験設計: レポーターモード]
それでは、解説した4ステップを組み合わせた、実践的なメールテンプレートをご紹介します。あなたの状況に合わせて、カッコ内の言葉を調整して使ってください。
パターン1:納期の短縮を依頼された場合(鈴木さんのケース)
これは、最も頻繁に発生するケースですね。「物理的に無理」という理由と、「いつならできるか」という代替案をセットにします。
件名:〇〇プロジェクトの納期に関するご相談の件
〇〇株式会社
営業部 〇〇様
いつも大変お世話になっております。
株式会社△△の鈴木です。
この度は、〇〇プロジェクトの納期短縮についてご相談いただき、
誠にありがとうございます。
社内にて調整を行いましたが、
誠に申し上げにくいのですが、ご提示いただいた日程での納品は
対応いたしかねます。
(↑Step 2: 結論)
現在、他の案件との兼ね合いで製造ラインが埋まっており、
ご希望日までの製品確保が物理的に困難な状況でございます。
(↑Step 3: 理由)
ご希望に添えず大変心苦しいのですが、
〇月〇日(来週月曜日)であれば、確実に納品が可能でございます。
もしくは、〇〇の仕様を一部変更させていただけるのであれば、
ご希望の日程での対応も検討可能です。
(↑Step 4: 代替案)
こちらの都合ばかりで大変恐縮ですが、
上記いずれかの方法で進めさせていただけないでしょうか。
何卒ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます。
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署名
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パターン2:値引きを要求された場合
「安易に応じない」という姿勢を見せつつ、相手への配慮を示す必要があります。
件名:御見積金額に関する回答
(前略)
ご提示いただきました金額について社内で検討いたしましたが、
あいにくですが、今回のご要望には応じかねます。
(↑Step 2: 結論 ※「応じかねます」もよく使われます)
弊社といたしましても、品質維持のための適正価格として算出しており、
これ以上の減額はサービスの品質低下に繋がりかねないためです。
(↑Step 3: 理由)
その代わりといたしましては恐縮ですが、
次回の契約更新時に、オプション機能である〇〇を
無償で付帯させていただくことは可能でございます。
(↑Step 4: 代替案)
(後略)
よくある質問(FAQ)
[体験設計: アドバイザーモード]
最後に、よくいただく質問にお答えします。
Q1. 「分かりかねます」と「いたしかねます」はどう違いますか?
「分かりかねます」は知識や情報がない場合に使います(例:「担当者の所在は分かりかねます」)。 一方、「いたしかねます」は、行為や対応ができない場合に使います。 「対応できますか?」と聞かれて「分かりかねます」と答えると、「分からないなら分かる人を連れてきて」と言われてしまいます。「対応できない(No)」という意思を伝えるときは、必ず「いたしかねます」を使いましょう。
Q2. メールではなく、電話で断る場合のコツはありますか?
電話の場合も、「クッション言葉+結論+理由+代替案」の構成は同じです。 ただし、文字が見えない分、声のトーンが重要になります。普段より少し低めのトーンで、ゆっくり話すと「申し訳なさ」が伝わりやすくなります。また、「申し訳ございません」という言葉を、話の区切りごとに多めに挟むのも効果的です。
まとめ
取引先からの要望を断ることは、決して悪いことではありません。無理をして引き受け、結果的に約束を破ることのほうが、ビジネスにおいてはよほど失礼にあたります。
大切なのは、断り方です。
- 事務的な事実伝達になりがちな「できかねます」ではなく、
- 相手を立てる謙譲語を含んだ「いたしかねます」を使い、
- 「クッション言葉+結論+理由+代替案」の4ステップで伝える。
この型さえ身につければ、断ることは「関係の終わり」ではなく、「新しい条件での合意形成」のスタートになります。
今回ご紹介したテンプレートをコピーして、まずは一度、下書きを作ってみてください。あなたの誠意は、必ず相手に伝わります。
参考文献
- 敬語の指針 - 文化庁文化審議会答申
- 「できかねます」の正しい意味とビジネスでの使い方 - Forbes JAPAN
- ビジネスのお断りメールの書き方と好印象のポイント - Chatwork